宦官の作り方



 さて、どのようにして宦官というものは作られたのでしょうか?

中国古代の去勢の方法は、文献としては残されていないようです。三田村泰助氏の「宦官 側近政治の構造」によると、清代においては「刀子匠」(タオツチャン)と呼ばれる政府公認の専門家が数人いて、一人銀六両(約三万円)支払えば、すっかり治療するまで責任を持って手術してくれるそうです。現在よりも安いですね。

 手術の方法は、まず白いヒモ或いは紐帯で被手術者の下腹部と股の上部あたりを堅く括って止血を行い、次に熱い胡椒湯で念入りに消毒を行います。この後、被手術者に執行の確認をすると準備完了です。

 執刀者は鎌状に少し湾曲した小さい刃物陽根、陰嚢もろともに切り落とし、その後に、白蝋の針、または栓を尿道に挿入し(傷口が盛り上がることで尿道を塞いでしまうのを防ぐためだと思います。)、傷は冷水に浸した紙で覆い、注意深く包みます。それが終わると二人の助手に抱えられて二〜三時間部屋を歩き回った後に横臥させられます。手術後、水を呑まないまま三日間寝たままで過ごし、三日後にその栓を抜いた時に噴水の様に尿が出れば成功となります。
ここで尿が出ないと失敗で、死あるのみ(毒素症によるもの?)となりますが、ほとんど失敗は無いようです。

うぅ、痛そうな絵ですねぇ  ただし、ここで挙げたのは清代ですから17〜18世紀の事であり、中国医学もある程度の進歩を遂げた後ですから多少は衛生的に思えますが、これはあくまで自分でお金を払って行う自宮の場合であり、古代において刑罰として行われる宮刑の場合は、もっと酷い方法ではないかと考えられます。中国の古い文献には去勢についての具体的な記事が見当たらないのですが、旧唐書に唐の玄宗の時に安史の乱を引き起こした有名な安禄山が、自ら宦官を作り上げた記事が載っています。それによると、
「モンゴル民族に属する契丹人で、当時12,3歳であった李豬児というものが安禄山に仕えていたが、ひどい悪ガキだった。ある日、安禄山は刀を振るって李豬児に完全去勢をほどこしたところ、出血数升、仮死の状態となった。熱い灰で手当したところ、李豬児はまる一日かかってよみがえった。」
とあります。恐ろしく乱暴なやり方ですが、原理的には前述の方法と同じであり、宮刑の方法も同じ様な方法が採られたのではないかと考えられます。
 そういえば、モーニングKCの「蒼天航路」に宦官を作ってるシーンがありましたが、去勢工房の様な所で、刃渡り1mぐらいあるような朴刀を使っていましたね。李豬児の時もこんな感じかもしれませんね。